47関 47関―50水口 50水口

【概 要】
  関、坂下の街並みは旧東海道の雰囲気が良く残っています。そして坂下を過ぎると、旧東海道でも難所の一つ鈴 鹿峠(坂下―土山)があります。この峠は土山から坂下方面へ越える方が楽に歩けてお勧めです。 土山から水口までも途中松並木が残っていたりします。ちなみに、私は土山から水口までは水口町営バス(あいくる バス)のお世話になりました。



【乗り物】
 水口から土山までは、水口町営バスの”あいくるバス”が走っています。少ない町の予算でも町民の為にがんばって 運行してるのか古い観光バスを再利用していました。
 なんとなく懐かしさを感じさせ、明治26年会社設立に設立した近鉄の前身?とも言える近江鉄道が貴生川―米原、 近江八幡へと走っています。当然、切符は紙で改札ではさみを入れてくれます。
 これらの乗り物もそれなりに味があるので時間があれば乗ってみたいものです。

近江鉄道(貴生川駅) 近江鉄道切符
近江鉄道(貴生川駅)近江鉄道切符
                                       

【47 関宿】(H18.11.12)
 現在の関 関宿 の町並みは7割が戦前の建物で223の伝統的建築物が1.8Kにわたって続いています。町ぐるみでその歴史的町並みの保存に努力されていて、 資料館等も充実しており、ぶらぶらしているとあっと言う間に時間が過ぎてしまい、通り過ぎるにはもったいないと思います。
関宿の町並 関宿の案内板
関宿の町並関宿の案内板
                                  

【48 坂下宿】(H18.11.12)
 関宿を出てしばらく国道1号線を歩き、途中国道 国道と旧道分岐 から右の旧道に入ると鈴鹿峠の真下の坂下宿に着きます。 国道1号線は日本の大動脈ですから車の往来も激しいですが、 旧道に入るとその喧騒がうそのように静かな道になります。
 古い町家の家並みが続き、梅屋本陣跡、大竹本陣跡や小竹脇本陣跡などの碑があり、町の通りの大きさが当時が往 年の賑わいを感じさせ、旧東海道の息吹を感じることができます。
梅屋本陣跡 小竹屋脇本陣跡
梅屋本陣跡小竹屋脇本陣跡
                                

【鈴鹿峠】(H18.11.12)
 坂下宿を出てしばらく杉木立の中を歩くと旧坂下宿があった片山神社 片山神社 があり、そこから石畳や階段等”八丁二十七曲” と言われた鈴鹿峠越えが始まります。
 最初のうちは階段やきつい坂道で、馬の水飲み鉢付近はさらにかなり道も荒れているので大変ですが、 峠頂上付近になると視界も開け、万人講大石灯籠等を過ぎると緩やかな坂道になり気持ちよく歩くことができます。  東から西へ越えるより西から東へ向け越える方が楽だと言うことです。
旧東海道階段 片山神社 馬の水飲み鉢
旧東海道階段片山神社馬の水飲み鉢
国道1号線を見下ろす 万人講大石灯籠
国道1号線を見下ろす
万人講大石灯籠

【50 水口宿】(H18.11.12)
 元は城下町として発展していたが、関ヶ原の戦いで落城後、宿場町として整備されました。  現在も、町並にはまだ古風な家が残っており、往時の雰囲気を感じることができます。
 町の中には城下町の名残の水口城跡 水口城があります。
残念ながら本丸は、まるまる県立水口高校のグランドになってありませんが、本丸と東出丸の石垣 と堀が昔の面影をよく残し、角櫓が再現されています。その角櫓は内部が資料館となっています。史料館で は入場者が少なければお茶の一つもいただけることもあるかも?
水口城出丸入口 水口城南側 水口城出丸の中
水口城 出丸入口水口城 南側水口城 出丸の中

【宿 題】
 こし餡をきゅうひで包み、和三盆をまぶした老舗菓子舗深川屋の「関の戸」は関の名物なので、食してみたい 物の一つです。店舗も天明4年(1784)の建物で、江戸時代の商家そのままです。
 関宿を出てしばらく行くと坂下宿の間に転び石と言うのがあるらしいが、今回は確認できませんでした。
 坂下宿をでて国道と合流する辺りに「岩屋十一面観世音罟薩」 岩屋十一面観世音罟薩 の石碑があり、自然の岩穴にお堂が建てられ横に滝があるらしいのですが。確認できませんでした。
 片山神社 片山神社 の参道辺りにに依然は坂下宿があったらしいのですが、水害等により現在の位置に移ったと言うことな ので、昔の宿の跡を示す物が残っているかもしれません。