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月見櫓 |

国の重要文化財 本丸の裏口に当たる北西方向を守る櫓である。1620年代に池田忠雄が建てた実物で、国の重要文化財に指定されている。城外側からみれば二階建であるが、城内側からは三階建で、最下は床下の土蔵となっている。また、城外側は狭い隙間から敵を監視したり、石垣を登る敵を迎撃するための石落など軍備を高めているが、城内側の特に最上階は開放的で、手すりを備えた縁側がある。また、天井板を張るなど居住性を高めた造りで、戦国時代の終結に応じた和戦両用の特徴をもつ。
石垣 池田忠雄が1620年代に築いた石垣で、上には月見櫓が建っている。隅部は表面を特に平らに整えた方形の割石を配し、その長辺を交互に振り分けた算木積みとなっている。石材は白色度の強い花崗岩で、瀬戸内海に浮かぶ犬島(岡山市犬島)で切り出されたものとみられる。 (岡山市 教育委員会 HP岡山城本丸探訪より)
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2008/03
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廊下門 |

本丸の北側から中の段に上るための裏(搦手)門である。本段の張出部から中の段にかけて上屋が渡され、その下に門扉を設けた櫓門の型式をとっている。上屋は、本段御殿に住む藩主が中の段の表書院に降りる道筋に当たり、この門の名の起こりとなった。月見櫓と同じく1620年代に池田忠雄が建てたものであるが、明治になって取り壊された。現在の建築は昭和41(1966)にコンクリートで再現されたものである。なお、30mほど背後の中の段内に廊下門の前身となる裏門跡が埋め込まれている事が、発掘調査で判っている。(岡山市 教育委員会 HP岡山城本丸探訪より)
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2008/03
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不明門 |

中の段から本段に上る正門である。本段には藩主が日常生活を営む御殿があり、入ることができるのは、特に限られた身分の人であった。このため、この門は閉ざされている事が多く、不明門=「あかずのもん」の名がある。門内すぐは階段があり、門上に上屋を架けた櫓門の型式で、軍備を高めていた。実物は明治維新で取り壊されたが、昭和41(1966)にコンクリートで再現された。
石垣 右隅は宇喜多秀家期の石垣に被せて造られており、関ヶ原合戦後の小早川秀秋期か前池田期に築かれたものとみられる。上部は不明門を建てた時に積み足され、中位の一部は天保9年(1838)に崩落して修理を受けている。 (岡山市 教育委員会 HP岡山城本丸探訪より)
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2008/03
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